須磨学園中学校高等学校

学校関係者の皆様方m( _ _ )m本日は、突然のアポイントメントにも関わらず、大変、前向きな御対応、心より感謝致しております。貴校のますますの御発展を心より願うだけでなく、貴校より御預からせて頂いた大切な情報を、安全に、かつ、丁寧に活用させて頂く事で、学生達のより良い方向性として導いてまいります。今後とも、受験塾家庭教師をどうぞ宜しくお願い致します!!!

受験塾家庭教師 代表 和田成博

須磨学園中学校高等学校 http://www.suma.ac.jp/

(1)建学の精神

清く、正しく、たくましく。

(2)教育理念

心に力を

(3)教育目標

「自立する力」「向上する心」を育む

(4)教育方針

「個」の尊重 「個」の育成

(5)教育環境

明るく、もっと明るく

(6)校 訓

学ぶよろこび。 考える力。 思いやる心。 実行する勇気。

(7)行動指針

世界を見つめ、夢を語ろう。 「生き方」を大切にしよう。 考えて行動しよう。 相手の立場に立とう。 力強く前進しよう。 そして、いつもスマートに。

(8)コース

中学校:Aコース(難関国公立大学)、Bコース(難関国公立大学・医歯薬理系)

高校 :Ⅰ類、Ⅱ類、Ⅲ類(英数)、Ⅲ類(理数)

(9)中学入試

3教科型:算数、国語、理科、

4教科型:算数、国語、理科、社会

(10)高校入試

数学、国語、英語&リスニング、面接 ※面接は、AO入試で、グループ面接となります。

(11)進路情報

京都大学、神戸大学、神戸大学、岡山大学、北海道大学、防衛大学校、早稲田大学、東京理科大学、同志社大学、関西学院大学、関西大学、立命館大学、他

(12)場所/連絡先/地図

〒654ー0009兵庫県神戸市須磨区板宿町3丁目15番14号/078ー732−1968



iBooks

5月28日(金)に「iPad」が発売になり、まだ2日としか経っていないのですが浸透力は、やはり想像している以上に高いようです。それは、「iPadアプリ」のダウンロード状況を見るとそれは簡単に把握出来ます。そんな訳で、今年1月から書きためている原稿の書籍化もいよいよ時間の問題のような気がします。

ただ、もう少し様子を見ながらiPadのバイタリティーやキャパシティー等も含めて吟味する必要があります。自分がiPadを片手に事業を反映させるレベルに到達しておらず、媒体そのものの可能性を持て余してしまうからこそであります。費用対効果を考えるとさすがに慎重にならざる負えません!!

受験塾家庭教師が書籍化にあたって必要だと理解しているコト!!!それは、「原稿そのもの」、「原稿から電子書籍に変えるソフトウェア」、「iPhoneやiPad等の端末」そして、「時とタイミング」です。もちろん、これらの要素を全て相互に作用させる上で、大変、必要不可欠なのが「株式会社ディフェンス様の力」なんです。

もう今の原稿を書籍として電子化するのが楽しみで仕方ありません!!

運動会

今日の運動会は、オモシロかったですねぇ〜!!昨年は、確か10月くらいに時期に行われていたように思うのですが、今年からは、5月のようです。確かに近年は、温暖な気候が続いていますので、例え10月とは、言えども夏の暑さが残っています。子供達の為ならば、良い判断ですね。時期も時期ですし、保護者観戦用のテントも無くなったコトで、体育館が解放されるようです。お昼ご飯を食べる時等は、かなり良いスペースのようでした。

子供達が腕を大きく伸ばして体全身使って、目いっぱいガンバル姿は、本当に素晴らしいです。買った負けたで悔しがったり喜んだりしてハイ・タッチをする光景、腕を骨折してギプスした状態の小学生も恐らくテンションが上がったのでしょう。普通に走っていました(笑)!!もう、そんなん見せられると私も体の底から元気が出てきます。騎馬戦では、帽子をとったりして勝つのがおもしろいと思っていたのですが、押し出したり、潰したりするという方法で勝負が決まる光景もありましたので、それはそれでオモシロそうでした。ナルホドな出来事満載☆

我が子ながら少し周囲の子供達より無器用なんですけど一生懸命に頑張ってる姿が何とも感無量です。『無事にここまで大きくなってありがとう。そして、これからも大きくなってくれ!!』と、言う気持ちになったのは、親の立場になっ たからこそなんですネm( _ _ )m大変、よく分かりました。この感性は、恐らく子の親と言うものになってみないと分からない感覚なのでしょう。お客様の気持ちをまた、これで大きく理解することがが出来ました!!!

///運動会に持参すると良いアレコレ///

①カメラ1台(500万画素以上は欲しいですネ)

②ビデオ1台(充電満タンなら何でもオッケー)

③シート2枚(スポンジとアルミのモノ)

④クーラーボックス1個(小振りなモノ)

⑤ドリンク類(コーヒー、お茶、コーラ、他)

⑥シェード(テント型の格安なやつ)

⑦折り畳み制の小さいテーブル(これは、あると便利)

⑧弁当(無いとブッブ=ッ)

⑨場所取りに全力疾走する気合いと体力!!!










センター数学IA対策!!満点確保のために必要なコト

(1)実数、集合、関数 / 1997年から2005年の第一問[1]と第二問[1]を3往復ぐらいしてから2006年から2010年の第一問[1][2]、第二問を3往復ぐらい行ってみて下さい!!

(2)三角比、平面幾何 / 1997年から2005年の第二問[2]と第四問を3往復ぐらいしてから2006年から2010年の第三問を3往復ぐらい行ってみて下さい!!

(3)確率 / 1997年から2005年の第一問[2]を3往復ぐらいしてから2006年から2010年の第四問を3往復ぐらい行ってみて下さい!!

(1)〜(3)の取り組みが一様に完了しましたら、間違った問題等のチェックと再度やり直して下さい。やり直しが終わりましたら、問題集等で学力を再構築しましょう。。。ここからが勝負なんですヨ☆数研出版の4STEPは効果的ですから、時間と体力とヤル気があれば取り組んでみて下さい。ジュンク堂等の大きな書店で購入する事が出来ますので、一度、足を運んではいかがでしょうか!?一冊あたり700円程度ですから、その辺の分厚いモノを使用する事を考えると良いはずです。

ちなみに受験塾家庭教師の受講生達は、このような取り組みで数々の受講生がセンター試験満点を確保しております。満点とる事は、難しいとお考えの方も多いようですが、ちょっとした事で確保する事は簡単なんですよ!!そんなに大層な事ではありません。

優等生にならなくても誰でも満点確保ぐらいは出来るんです。つまんないプライドをもっている諸君は、方の力を少し緩めてみて下さい。スゥ===ッとなれるはずです。まぁ=とにかく、不思議発言なんて、どうでも良いから手を動かしてガムシャラにやらなければいけない事を率先して取り組んでみましょう。


スーパーマリオギャラクシー2

恐らく任天堂がやりたかったもう1つがコレでしょう!!!昨年12月のスーパーマリオWiiに引き続き、『スーパーマリオギャラクシー2』が本日、発売されました。即購入は当たり前☆今一番、売れてるゲームソフトがコレでしょうね(笑)

当然ですが、パッケージングや色彩、さらに任天堂がどんな事をやりたかったのかという具体例を学ぶためです。ストーリー性や映像技術、さらには、WiFi、赤外線の操作性など、様々な要素を学ぶ事が出来ますので、これ以上の勉強材料はないでしょう。

やっぱりゲームと言えば、任天堂ですよネ!!!ファミコンからWiiへの展望は、衝撃的でしたし、NTTと組んだ事で思いのほか早くWiFiを世の中に浸透させる事が出来た事を考えると脱帽級ですm( _ _ )m『媒体を売る』という考え方から大きな公益性を生み出していました。ユーザーや企業、さらにデベロッパー等の様々なニーズをしっかり捉えているからこそ、成し遂げることが出来たんでしょう。

子供達は、ゲームをする事に必死みたいですが、私は、子供達にの目には見えない効果を探る事に必死です。今も隣で、我が家の特殊部隊達がコントローラー両手に配管工のおっちゃんを操っています。そんなこんなで見ていて思ったのですが、電子書籍的の要素や3D効果を若干、意識している感じがモロに出ていてオモシロいです。


センター生物で8割前後を確保する恐らく究極の勉強方法

LINEはじめました!! IDjyukenjyuku

受験生の皆さんが、どう思われるかしりませんが、センター生物で8割前後を確保する恐らく究極の勉強方法があります。それもたった4週間程度で!!それが本当にあったりするんですから受験塾家庭教師恐るべしでは、ないでしょうか(笑)!?

5月第四周目に入ってからも月曜日に1名、火曜日に2名、本日も2名の受講生がそれを実感しました。火曜日の1名が74点、本日の1名が76点の確保に至ったのですが、その他の受講生は、80点、84点、88点などというような結果です。素晴らしい点数ですよねぇ〜(笑)ちなみに、この点数を確保する3週間ないしは4週間前は、2割ないしは、4割程度しか確保出来なかった状態なんですヨ。さすがにそれでは、ヤバいでしょう☆ただ、彼等は、そういった過去(?)の脱却から水を得た魚のように、より一層、気合いがはいりつつあります。結果が出ないと一生懸命やらないって言う姿勢を早く直してもらいたいねぇ。。。魚っと(笑)!!!医学部や医療系ないしは、理学部や薬学部、獣医学部、農学部への学部を目指している学生達ならば、意地を張らずに物理から生物への転向をオススメします。点数をとったモンが勝つんですよ☆早く気付いておくれm( _ _ )m

『センター生物8割前後をこの時期に確保する事が、どんな意味や力を持つのか!?』

それは、受験塾家庭教師の受講生でないとピンッとこないでしょう。だから、簡単に説明します。「時間を制した者が受験を制する」って事なんです。これは、恐らく学校では、学ぶことが出来ないはずです。大人の社会でも、この意味を理解出来るのは、ある一定の管理職か、あるいは、リーダー、主任以上の役職に就いている方々ではないでしょうか!?それぐらい時間というモノは大切で、かつ、大きな力を発する為の可能性であります。私は、自分の時間を自分の好きなだけ使いたいように使って、大きな力に繋げています。

次に用意する材料は、デスクの目の前にある物ばかりです。教科書、資料集(無ければ840円前後のモノを書店で購入可能)、新品ノート3冊程度!!後それと唯一、購入して頂きたい問題集としては、センター試験の過去問です。これは、どこの出版社のモノでも構いません。ちなみに1000円程度ですので、これも書店で購入出来ます。私、個人的には、河合出版のモノが好きなんですよねぇ〜(笑)あの紙質がたまらんです!!ただ、教学社の受験生の見方的なミシン目がある回答用紙も捨て難いんですよねぇ〜!?河合出版のセンター過去問にもミシン目が回答用紙あったら言う事無しなんですが、今後を期待します(笑)

さぁ〜これで、準備は、整いました☆それでは、早速、スレスレまで方法を説明しますので、以下の内容を参考にして下さい。ただ、やはり、受験塾家庭教師の受講生達にとって多大な脅威となってもいけませんので、「まとめ方や覚え方」「タイミングの取り方」「確認作業後の処方箋」についての細かな対応方法等の公開は、控えます。ご縁があって受験塾家庭教師の受講生になり得る事があれば、しっかり授業として管理徹底させて頂きます。

(1)教科書の黒字ワードや発展問題、研究問題にあるワードをノートの左端に一章毎に書き込んで下さい。

(2)そのワードを教科書と資料集を活用して調べて、一章毎にまとめます。ここで、大切な事は、面倒くさい感じでまとめない事が大切です。

(3)次にそのまとめたワードと説明書きを1日一章毎ぐらいで覚えていきます。大切な事は、この段階では目で見るだけで覚えるって事です。くれぐれも書いて覚えてはいけません。物事を覚えるって事で、確かに「書く」という行動は、大切です。ただ、それは、時とタイミングと順序があります。頭の中に無いことをいきなり「書いて覚える」って事をしてしまうと逆効果だったりするんです。これは、ホンマのことですよ!!!少なくとも私の受講生達には、彼等の手元と気分、目の動向を考えつつ、宿題として「書く」「読む」を交互に、かつ、効率的に適用しています。幅広く家庭教師を12年以上もやってると身に付く感性ですネ(笑))))要するに、臨機応変に対応させて頂いているって事なんで、安心してお任せ頂ければと思います。

(4)話が反れましたので、元へ戻します。(1)から(3)の作業が終わりましたら、確認作業としてセンター試験(過去問)を実施します。ここで、大切な事は、第一章から第六章まで見ながら覚えただけで、臨むって事が大切なんですヨ!!ルールは、守りましょう(笑)絶対に書いて覚えないって事です。

(5)(4)の結果を測りながら、間違った問題にチェックを付けます。この段階で、獲得出来るのが、8割前後っていう事実が判明する訳です!!もう受講生は、ガッツポーズですヨ。大抵の受講生がこの取り組みに参加させたら半信半疑で取り組んでしまいます。。。たぶん、本格的に取り組んだら、この段階でも9割を超えるんじゃないでしょうか!?もうちょっと、ちゃんとして欲しいですねぇ〜(汗)

まぁ=ちゃんとしないで、8割前後確保しちゃってるんで良しとします!!そんな彼等も次のステップに入り、獲得点数を定着させていく訳なんです。センター試験当日まで、キッチリとした点数を定着させてもらえるはずです(笑)例年そんな感じなので///


凍った唐揚げ

いつも大変、お世話になっているお客様から「凍った唐揚げ」なる美味いモンを頂きました!!!

最初は、「えっ!?」っとばかりな感じで、不思議で、不思議でなりませんでした。

フリーザーに入れておいた例のモノを基地に戻った早々、開封☆

そして、熱いお茶を用意し、いつものスタンバイで、仕事の段取りをしつつ、一口目を口に入れちゃいました。

すると、どうでしょう!?

みるみるうちに「凍った唐揚げでっせぇ〜〜〜っ」が口中に広がるではありませんかぁ!?

まさに、ふぅ〜っとした感じで美味いんです。。。何だか、凍った唐揚げみたいんです。

そう、正に、凍った唐揚げなんです。新しいメニュー誕生の瞬間☆

皆様もご存知の通り、私はお酒が飲めないんですが、恐らくお酒のツマミには、もってこいじゃないでしょうか!?

ちなみに私は、深夜の仕事のお友にさせて頂きました。。。

今も、こうしてブログ書きながら口の中では、凍った唐揚げです!!

モグモグ(((((((^ □^)

本当に神戸市西区のW様にはお世話になりっぱなしで、今後、何とお礼をさせて頂ければ良いのか!?毎週、毎週のお心遣いと様々な無理を聞いて下さって頂いている事は、大変、恐縮であります。ましてや、本日は、サプライズまで頂きまして(泣(((((_ _ )m私に出来るコト、私にしか出来ないコト、皆様が考え付かないコト、等などを今後とも静かにそして、大きく反映させて頂きます。



70%ブラッシュアップ@ロゴ・マーク

70%程度構想が固まりつつあります。。。いやぁ===それにしても、長かったでぇす。本当に長かったでぇすm( _ _ )mほぼ2年間考えて、考えて、考えまくっても兆しが出てこなかったんです。それが、ふとした拍子に、「これや!!!」と思ったんです。そこからは、早かったですねぇ〜(笑)ものの15秒程で兆しもイメージもボタッボタァァ〜ッと、出てきました。

今後は、株式会社ディフェンスの河野所長様から専門的なご意見を教授頂いて、さらにブラッシュアップを手掛けて頂くことになりそうです。これで、ようやく受験塾家庭教師のイメージにより一層磨きが掛かりそうです。

>>>100%完成までのプロセス>>>

1.株式会社ディフェンスの河野所長様からの御教授

2.ブラッシュアップ作業とプレ掲載

3.商標登録

受験塾家庭教師ツイッター:http://twitter.com/jyukenjyuku


運動不足

ママさんバレーがこんなにポテンシャルが高いとは・・・脱帽ですm( _ _ )m同時に、本当に動けない自分の体っぷりに凹んでしまいます。自分としては、ティーンズの頃と同じような感覚で、パッパッパッパッパッ、ウィ======ン、ズババァ======ンってな感じでアクティブなつもりなんです。そのはずが・・・汗)))あまりのボールの動く早さに追い付くコトが出来ないんです。。。そんなに大したコトもないボールの動きなのに反応出来ません。

普段から運動していないとそんなコトになってしまうんですねぇ〜m( _ _ )m若い頃は、柔道と空手をしていました。その頃の柔軟性や動体視力、反応速度は、どちらへいってしまいましたのでしょうかぁ〜!?もうそんな感じです。運動不足って恥ずかしいですねぇ〜(泣)まだ、まだ現役だと思っていましたが、いつの間にか、現役は、引退していました。

あぁ、無情・・・

受験塾家庭教師ツイッター:http://twitter.com/jyukenjyuku


特別な意味を持つ医学部合格☆「小さい頃の夢が叶う瞬間や!!」

わだぁ〜!!・・・アリガトウ。。。

それは、今だに忘れもしない。私立中学に合格した日からしばらくして食事に招かれるという機会を得た。その日は、私の生春巻きデビューの日にもなった。初めて出会ったのは、彼が小学6年生の中学受験直前4ヶ月前の確か10月下旬ぐらいだった。私は、算数を教える事となり、当時は、学習塾にも通っていたようだったが、そんなに重きに考えて学習塾には通っていなかったようにも覚えている。一先ず、中学受験という合否を抱える勉強を始めたのだから、結果はどうであれ最後まで受験を付き合っていきたいという親心が重なったからだ。

時が経つのも早いもので、4ヶ月という月日は、アッと、言う間にやってきた。試験当日、「とりあえず頑張ってくるわ!!」そう、言い残して受験に臨んた。そして、結果は、見事、合格!!今までにないぐらいに頭が回転して、スパァ〜ンという具合に取り組む事が出来たようだ。これで、もう言い残す事は、無いようだ。

見事に中学受験を合格で飾り、「落ちても良い」という気持ちもどこへやら、合格当日は、晴れ晴れとした顔つきで、その後の彼の人生に大きな影響を与えるとは、まだ知る由もなかった。当時の事は、鮮明に覚えている。本人は、母親の腕の中に包まれて、「アリガトウ!!」と発した言葉(笑)、、、今でも印象的に覚えている。1月の薄暗い夕方頃だったように覚えている。あまり寒くなかった事だろう。まだ、その時は、お子様だった。あの頃の事を今でも覚えているのは、私や親御様だけではないだろうか!?本人は照れくさそうに、「そんなん覚えてないわぁ〜!!」と言っているのだ。表情からしても、きっと覚えているに違いない(笑)

良い結果で、中学受験を終えて任務完了。そして、別れを告げた、、、

入学してからの最初の試験を終えたところだっただろうか!?中学1年の5月中旬に再び連絡が入った。数年間の中学受験の経緯もあり、勉強からは少し遠ざかりたいという気持ちを薄々と感じていたので、一先ず、数学だけの対応で学習指導を進めていく事となっていた。アップダウンはあるものの成績は、比較的安定していったのだ。

こんな感じで、1年ぐらいは普通に授業を行って定期考査でもそこそこ成績を残す日々を続ける事が出来た。そして、1年を過ぎた辺りの中学2年になったぐらいから英語が少しずつ、学校の進路から遠ざかってきているように本人が言っていた。それも中学2年1学期で幾何の問題を解いていた時にも関わらずだ。「身から出た錆」!?「泣きっ面に蜂」!?彼にとっては、幾何の問題がとにかく嫌いで、いつも余計な話に脱線する。ただ、この時ばかりは、脱線した話に誘導尋問というエッセンスが加えられていたので、ポロッと英語苦手発言が出て来てしまった。

「英語苦手」と「幾何嫌い」がコラボった瞬間だ!!この瞬間は、私にとってもオモシロい瞬間である。彼自身とにかく幾何(つまり、図形)という考え方は、大嫌いで、それは、最後の最後まで大嫌いだったようだ。ましてや、嫌いと勘違いするのも大好きなようだ。何でもカンでも嫌いと大いに言い放っていた。授業も少しずつ佳境に入ってきた段階で、「人間の精神状態がチンッ寸前までいくとどうなるのか!?」という質問に対する答えのような事態が起きた。

新中のいつもの問題集で早稲田実業の過去問をやりつつ最後の最後までときつつあったのだが、もう一歩というところで解いてしまうという寸前。座って、ペンを持ったまま、考えている最中に意識を失ってしまった。やはり、人間は、考えすぎると、意識が跳んでしまうようだ。「勉強のし過ぎで、気を失う!!」「勉強のし過ぎで、熱がでる!!」こんな信じ難い事が自分を含めて起こり得た。本当に勉強しているからこそ、考えられない事が起きる。固定観念や常識的な範囲で、考えてはいけない。枠の中でガンバルという事は、甘さに打ち勝っていない良い証拠。彼が、自分の限界を知った瞬間でありました。

こんな状況をあり、英語の授業も対応させて頂く事となった。とにかく状況は、思っていたよりも遥かに深刻で、「宿題は、どうなん!?」と言えば、「やってません(汗)」、「宿題をしてないなら、辞めてまえ!!」と、もうこんな会話のやりとりで、毎回授業中に宿題をやったり、やらなければいけない事をやったりしていた。

こんな口癖のような発言でも彼にとって大きな意味する一言であると理解する事が出来たのは、それから数日が経っての事だっただろう。それは、親御様からの一通のメールがキッカケだった。それは、「辞めてまえ!!」というのなら、「他に良いところを紹介しろ!!」という内容だった。確かにおっしゃる通りだ。この時ばかりは、私も目が覚めた。次に、「辞めてまえ!!」と思ったら、彼に度肝を抜かす程の対応で、接する事にしようと心に誓った。そうしないと、この子供の問題解決には、至らないからだ。私も大変、良い勉強になった。この考えは、今でも生き続けている。

そんなこんなで、「数字(成績)があまり芳しくない。」と言うコトで、家庭内がギスギスし始めていたのを今でも覚えている。ただ、何かがあったようで、私もよくは、知らないが、ある日、突然、学校の数字(成績)に対して、母は触らないようにしたというのだ。ご家族の中で何かがあった事については、反応しても言葉に出しては、何にも言わない方が良いと思ったので、未だに何があったかは、不明のままだ。そぉ〜っっっとしておいた方が良い場合もある。こういった時は、感覚的に判断して、行動に徹するべきだろう。

それから数学と英語をずぅ===っと、順調に対応させて頂いていた。彼も中学校を卒業するという微妙な時期に差し掛かった時、ご家族揃ってマンションに引っ越すという事になった。近々、「自宅を建て替える」という竣工式というものがあるらしい。その間、学校の近くのマンションに引っ越し、いつものように勉強する事となった。長い間、御付き合いさせて頂いていると生活環境にも大きな変化はつきものです。

その折に、いまでも覚忘れられない出来事がある。それは、英語の授業の話だ。仕事には、一切、手を抜かない私あのだが、1パートだけ文章を和訳英作せずに本人に任せてしまったところがある。それは、「戦争の話」の文章だった。今でもクラウンの教科書には、記載されているので、それを読む度に涙が出てくる。戦争の悲惨さが私の心の中に訴えてくる訳だ。後悔の念が込み上げてくる一文であります。

そんなこんなで、中高一貫という事もあり、形式的な卒業を無事に終えて、祝高校生!!オメデトウとばかりに喜砲をパンパンするが、かなりうるさかったので、2発目は、ひかえた。もちろん、写真を撮って事無きを得た。それから出来立てホヤホヤのお家にお伺いさせて頂いて、あれこれ質問させて頂いてオフィスを持つことへの夢が膨らんだ結果だ。良い影響を与えてもらったと思う。

高校1年が過ぎようとした高校2年生の4月頃だった。大学への進学について、事ある度に話をする機会が増えた。

和田 「どこの大学考えてるん?」

I君 「法学部や経済学部に興味があるから京都大学にいこうと思うねん」

和田 「ほんまか、高校2年生の時にでも1回は、大学を見に行っておかなアカンで!!」

I君 「わかった」、、、

>>>京都大学で開催されたオープンキャンパスに出席!!>>>

和田 「どうやった!?」

I君 「行ってきたよ、おもろかったわ(笑)」

ただ、私の中で、何かが引っ掛かるものがあった。中学入学当初は、将来の夢について、ハグラカされていたのだが、ポツポツとお医者さんという言葉が出てきては、消えていくを繰り返していた。それがいつしか言葉にすら出てこなくなり、おかしいと思った私は、あまり刺激を与える事なく聞いてみる事にした。

和田 「将来の夢ってほんまに京都大学へ進もうと考えてたんか!?」

相変わらず言い難そうにしているので、、、

和田 「何でもええから言うてみぃ〜!!何やねん???」

I君 「ほんまは医師になりたいねん」

高校2年生4月の面談で、学校サイドから「医学部受験には4年掛かる」という厳しい現実を通告されたようで、そんな大切な事を私に告げる事もなく、日々、授業が過ぎていたのだという。

和田 「何でそんな大切な事、言わへんのや?とりあえず、みんなで頑張ったらええやんけ!!」

そんな事に屈する事も無く、高2の5月から医学部合格に向けて、いよいよ本格的に歩み始めました。もちろんだが、当初は、医学部医学科への合格実績としては、私としても受験塾家庭教師としても、まだまだ薄かったので、私も覚悟を決めなければいけなかった。

もうそうなると、話はやりたい放題進んでいった。とにかく見えないモノがたくさんあったのだから、動き回るしかない。まずは、情報収集だ。実際、本人は、神戸大学医学部を目指していたのだ。とにかく聞き取り調査を経ることにする。調査の方法は、至って簡単、大学周辺に待機して、医学部医学科生と思われる人間に片っ端から路上アポイントメントをとる。確か50人を目処として、情報収集を行うこと2日程度でやり終える必要がった。期間を延ばせ延ばす程、相手に警戒心をもたれるからだ。この点では、学生達から様々な情報を手に入れる事ができた。勉強方法から始まり、学校生活、大学そのもの、教授陣の特色、卒業後の将来性、などなど雑談程度だから1人10分程度でいろいろ話を聴いてもらった。もちろん私1人だ。情報を調べるのに費用を請求する等というセコい真似はしない。次に教授陣のごく一部の方々に話をしてもらえる事が出来たので、幸い良かった。その時、ご協力頂いた教授、准教授の方々には、大変、有り難かった。これらの内容を精査して伝えることが出来た。

調べてみて思ったのが、医学部医学科という枠の中は、他学部とは、少し違った特色をもっている事を理解することが出来た。簡単に話をすると研究医色が比較的、他の大学と比べて強いという点、神戸大学であれば兵庫県を中心として、岡山大学であれば岡山を中心として散らばっている点、中国四国地方では、臨床医色が比較的強いという点、研究医と臨床医の区別化は主に学業環境と地域性によりけりである点、などの世間には出ない様々な情報を入手する事が出来た。さすがにこれらの内容は、学校の順位や模試の偏差値では判断し兼ねる部分だ。

それと現役合格者の割合が全合格者の割合の5%から20%程度のようだ。様々な要素が絡み合って各大学の現役合格社の割合は、まちまちだが、せいぜい20%程度考える事が無難だろう。他の80%は浪人生と言う訳だ。これは、恐ろしい話だが、模試の結果に浮いてこないではないか!?医学部浪人生恐るべし(汗)ただ、取り組む価値は、大いにある。

高校2年生の5月にして大きな取り組みが実施される事になった。もちろん5教科7科目への挑戦!!英語、数学、化学、に絞り込んでの対応。センター試験も個別前期も個別後期もいかなる対応も私が行う。ただ、物理だけは、ご本人の力を借りて、周囲の環境は、こちらでプロデュースするというものだ。もちろん、経費節約の為だ。いろいろ彼自身も考えているようなのが、涙ぐましい。
残すところ21ヶ月程度。。。

合格する事を考えるよりもまずは、先の見通し(合格しそうだという期待)を立てる事が先決だ。なぜならば、やらないといけない事が膨大にあるからだ。単純に考えてみよう。21ヶ月程度を7科目で割ってみて下さい。1科目に掛けられるのは、わずか、3ヶ月程度しかないんです。本来ならば、1科目10ヶ月ないしは、12ヶ月掛けるような内容を、たった3ヶ月で考えていかなければいけない。それにセンター試験や個別前期、個別後期を含めた考え方でなのです。もう背筋が凍るような思いであるのは、言うまでもありません。この段階で、「無理そうだから、、、」「彼には、出来ない、、、」とか、その場の感情で左右されていては、彼の幸せはなかっただろう。一切、そんな事には、触れずに黙々と邁進するだけです。

夏休み、冬休みを経て、いよいよAO入試一次試験に臨む時がやってきました。出願書類を滞りなく作成し、出願するまでは良かったのだが、2つだけ気になる部分がありました。それは、彼自身あまり体調が優れないという点と神戸大学サイドが研究医を欲している点だ。これらの2つの点が今後、彼の受験に大きな影響を与える事は、まだ誰も知る由もありませんでした。

この病気の内容は、多くは語れないので、彼の生活に支障が無い程度に留めておく事にします。彼は、小さい頃にある病気に掛かっており、現在もずぅ〜〜〜っと抱えたままでいます。つまり、ほとんど、一生治る見込みが無い病気を抱えているんです。しかし、当の本人は、ピンッピンッしています。言うなれば緩解状態!!医療系に携わる方々は、ご存知の方も多いと思われますが、そういう事なのです。この病気の事を隠した状態で受験に臨むか!?あるいは、突き進むか!?そこは、もちろん、私の生徒です。突き進みました。それも、胸を張って、、、当時の彼いわく、「仮に隠して合格しても6カ年やっていけるかと言えば、やってはいけるが、自分に納得いかないと思う。それやったら、ちゃんと正々堂々と臨んで、評価してもらいたい。それで、不合格であるならば致し方ない。大切なのは、受け入れてくれるか、どうかや!!どっちにしても絶対に医者になったるけどな。」それに加えて、神戸大学サイドが研究医を発している背景も裏付けはとれている。それでも、彼自身は、原則的には臨床医として6カ年を歩んでいく覚悟で受験に臨んだのだ。恐ろしい高3である(汗)

いよいよAO入試一次試験の合格がやってきた。。。もちろん3倍の枠は、見事にして合格!!後は、2つの問題をどう乗り切るかが、ポイントだ。けれども、彼自身、乗り切る気配は一向にない。自分を評価してもらうだけの一点張り(痛)もちろん、この件で、二次試験直前で、一悶着あったのは、事実だ。私は、何が何でも合格させてやりたいという気持ちが多い。だから、何でもする。何がどうこうしようと、「合格」という2文字を手に入れる為なら、人間的な感情さえ、ど返しする。しかし、それとは、逆に、彼は、「今回だけは、俺の好きなようにさせてくれ」と言う。もう、そんな葛藤のオンパレードだ。ちなみに、2人も姫路出身である。

AO入試は、二次試験が実施されて、試験終了後、連絡があった。やはり、思っていた通り、体調の事と研究医の事が題材に挙げられて質問攻めにあったようだ。想定内の状況に終始、和んだ面接だったようだが、そんな彼からの口から信じられない言葉でた。

「和田ごめん。アカンと思う。。。和田の言う通りやった。。。」

正に体が凍り付いた。あまり多くは語らなかったのだが、私の言う通りであればある程度の察しはつく。つまり、上記で挙げたような2点をつっこまれたという事だ。想定内の質疑だったにも関わらず、大学サイドにとって、適した応答ではなかったのだろう。恐らく、彼自身やりきってきたのだろう。この時から、だんだん神戸大学医学部医学科に対する将来的なビジョンと魅力感心が薄れていったのは確かだ。

AO入試二次試験も終えて、確固たる信念で一般入試を臨んで勉強しなければいけなくなった。ただ、本人に迷いがあるのは、6年も7年も付き合っていれば手に取るように分かる。何かがおかしい。神大AO受験前の情熱が、、、という感じだ。おかしい。このままでは、、、と、思ってしまう場面もあった。ただ、どんな状況でも時間だけは、過ぎていく。そうこうしている内にセンター試験がやってきた。

結果は、至って悪くなかった!!むしろ、思った通りの結果だったように思う。その得点率は、92%を確保☆つまり、大概の医学部医学科であらば、どこでも合格水準の土台に乗っかってくる点数である。もちろん、神戸大学医学部医学科の合格率(過去)を裕に超えていた。「心配し過ぎだったのかなぁ=!?」と不自然な感情に見舞われながら、個別前期を受ける事となった。と、その時、、、

本人「イチ浪は、有りやと思う。。。」

何を言い出すかと思ったら、さすがに驚いた。なぜならば、まだ個別前期を受験する前の事だったからだ。確かに個別前期一本掛けで、勝負に臨もうとしているから、特にイチ浪を考える事は、不自然な事ではない。自然な事だ。とにかく、ここまで来ておいて、考えられない発言なのだ。
和田「なんでや!?まだ終わってへんやんけ。受けてもないねんど。どないしたんや?」

本人「ほんまに神大でええかと思って、、、やっぱり、正直、引っ掛かってんねん。やりたい事とちゃう。」

この言葉、私の心の中にグサッと突き刺さる想いがあった。状況は違えども自分もそういった気持ちになって決断した。しかし、それは結果的には良い方向に進んでおり、今の自分があるからだ。自分の立場的なモノもあったので、この段階では、何も言えなかった。しかし、これは、相談すべき要素!!必ず家族と話すべき内容だったので、それを経たうえで、個別前期に臨んだのだ。

結果は、不合格。。。同時に、イチ浪決定。。。

私とっては、とても悔しさが残る結果だった。ただ、これは本人にとって前向きな方向性を導く結果であるという事を学んだ。神戸大学医学部医学科へのリベンジを果たす事と落ち着いて自分の方向性を見付けだす事を目的として、もう1年間だけ気合いを入れる事になった。3月に結果を告げられて、そして、5月が終わり、7月8月を経て、11月12月に至った。イチ浪の一年間を通して、大学説明会に幾度となく参加し、オープンキャンパスにも進んで参加した。様々な人達や先輩達と言葉を交わすうえで、一番、自分が進みたい方向性であると確信した。 そんなこんなで、神戸大学への気持ちが次第に愛媛大学へ気持ちが傾いていった。

「なぜ、愛媛大学?」

それは、母親の実家が近いという事と自分がやりたい将来性と一致しているという事が大きかったからだ。これが自分の将来性に大きな衝撃を与えてくれるのは、やはり、愛媛大学であるはずと最終的な確信に至った。センター試験直前の出来事だったが、焦りは一切無い。むしろ、腰を据えてじっくりと考えたうえでの結論だ。もちろん、迷いは一切無い。愛媛大学を個別前期で出願してしまうと神戸大学のリベンジを果たす事が出来なくなる。それでは、ダメ☆だから、神戸大学を前期で受験して、愛媛大学を後期で受験する事になった。何とも攻撃的な出願であるように思える。

ここまで来たとしても例え1回でも入学試験料金をケチりたいという気持ちは変わらない。イチ浪となるともう一方の方向性として考えなければいけない。その大学として挙がったのが同志社大学の商学部と経済学部への出願だ。もちろん、センター方式を活用する事での出願だ。一般入試には出願しない。

今年もセンター試験は、91%を超えた。さすがだ、、、と、言うよりも昨年に残念な結果を得たのが思いの他、納得出来ない。攻撃的な点数を獲得出来たので、昨年同様、気合いを入れていく事にする。そんな矢先の結果が出た。もちろんの事だが、同志社大学商学部へは、あっさりと合格した。けれども、合格してもぜんぜんパッとしない。そんな事もあろうかと、一応、念の為、経済学部にもセンター方式で出願しておいた。それは、出願するだけのメリットが大きくあったからだ。合格発表日が、神戸大学医学部医学科の合格発表の次の日だった事を考えると適切な配慮だろう。今回は、本命の愛媛大学への入試が後期日程で待機していたので、一応、念の為、罠を仕掛けておいた。

不合格、、、

これは、学力があったとか、無かったとか、そんな次元の話では収まらないような何か不自然な感覚がする。どうしても、頭に過るのが「病気を患っている。。。」と、言う点だ。治る病気ではないからなのか、どうかは、不明だが、とにかく不自然な感じがする。センター試験だけではなく、過去問でも過去10カ年以上に渡って、個別前期で80%超えを確保しているのだ。つまり、解けない問題、出来ない問題は、皆無。もちろんの事だが、今回も見直し査定を行ったところ8割以上を軽く超えていた。まさに合格圏内だ。

それにも関わらず、残念な結果(汗)私が抱える他の受講生は、センター86%確保で、個別8割スレスレ!!その状況でも合格しているのだから、そう考えても致し方ない。とにかく、どうも納得出来ない部分が多かった。ただ、やはり、合否判定には、センター、個別、面接、を総合評価して結果が出されると言われてしまえば、それまでなのだ。突きつけられた結果の悔しさよりも、むしろ、サラッと空かされたような結果に激しい悔しさを感じた。一概には、言えないが、今だに不自然な部分を感じている。とは、言っても結果は、結果だ。本命なる愛媛大学に照準を絞って情熱をフル稼働あるのみだった。

これだけでは無かった。恐らく同志社大学経済学部にも合格するだろう思っていた。普通、そう思うだろう。だって、センター試験で9割確保を成し遂げたのだ。傾斜配点を考えると、まさに合格圏内。ただ、ここでも甘い考え方があり、商学部への合格の際に入学手続きを行っていなかったのだ。その甘さゆえ、信じられない出来事が起きた。さらに追い打ちを掛けるかのように同志社大学経済学部から不合格通知なるモノがやってきたのだ。

目はテン・・・・

なぜ!?彼よりも点数の低い受講生がバンッバンッ、合格しているのに、なぜ!?。。。ここでも社会の厳しい風が吹き荒れているに違いない。私立なだけに、もう何が何でもな感じなのだろう。「制度として」捉える受験生よりも「信念として」捉える受験生を欲するのは、当然の事だろう。確かに彼の受け方や取り組み方では見え見えなのだ。

まさに悪夢・・・・

この段階で、どこの大学も合格していない。3月4日を過ぎた時期にも関わらず、どこの大学も合格していないのだ。この時期になると私立の後期日程ですら出願期間は、終了している心の拠り所一切無しって訳だ。残されたのは、本命の後期日程受験までの6日間程度しかない。この6日間に考えるコトは至って簡単な事だ。それは、落ちれば即2浪、あるいは、合格して大学に通うかだ。たったそれだけの事を考えれば良いのだ。まぁ〜そうは言っても考える必要なんてまるでないのだが・・・。無論、合格して愛媛大学に入学するのだ。

「ならば、何をしなければいけないのか?」

それは、勉強するのみ。これだけで合格する。簡単なことではないか(笑)本人いわく今まで以上に真剣に勉強したらしい。2浪は絶対、いけない。なのに2浪の風が吹いている。本人いわく「無我夢中で英語だけ勉強したわ。とにかく復習、復習の毎日やったで。」完全に切羽詰まった状態になった。そして、愛媛大学医学部医学科の正に運命の合格発表の日がやってきた。これは今まで一番心に残っている事だろう。彼との出会いに感謝しなければいけないことだ。

AM9:30頃に起床。今日は、小学校6年生からお世話になっているお客様の合格発表で、7年間6ヶ月の月日は早いもので、小学生だった本人は既に高校を卒業するぐらい大きく成長していました。ついでに私は、年齢を重ねていて、階段を駆け上がれなくなりつつありますが・・・。とにかく今日はかなりドキドキしていました。さて、朝の身支度も完了出来たので、パソコンを起動>>>前もってお気に入り登録していた愛媛大学の合格閲覧ページを開く。その瞬間・・・まだ、アップされていない。。。しばらく待つ。時計を見る。いよいよAM10:30頃になってきた・・・ページを繰り返し最新状態にアップする。すると・・・開いた。合格者番号一覧。・・・しばらく沈黙・・・とにかく番号を探す。。。「あった☆あったぁ~☆」 ※ 注意 ※ テンションが上がると無意識の内に2回叫んでるようです。

まさにこの瞬間、10数年前の自分の合格発表の時の感覚を思い出す。確認後、即対応の私。スグに本人の携帯電話に電話をする。・・・繋がらない。次にご両親の携帯電話にも電話する。・・・繋がらない。それでも繋がらないので、自宅に電話を入れてみた。・・・やはり繋がらない。。。やはり、繋がらない。一先ずお客様のご自宅に急ぐ。とにかく急ぐ。三田市ー姫路市間を45分程度で動けたのは、恐らく一生に何回かしかないだろう。合格発表を見て何度も不合格だったら、なかなか見れなくなるものらしい。確かに気持ちは、よく分かる。それでも私は、一切、躊躇せずに確認しまくっていたのだが、、、、。

ピンポン!!

和田「オハヨウございます。」

親御様「オハヨウ。見た???」

和田「見ましたよ。連絡が繋がらなかったので、確認しに来ましたが、やっぱり合格ですよね!?」

親御様「合格だよ(笑)」

和田「これで、お医者さんになれますね(笑)」

この間、興奮冷めやらぬ状況で、自分でも何を言っていたかをあまり覚えていないが、とにかく叫んでいました。

和田「朝御飯食べずに出てきたので、お腹ペコペコですぅ~(笑)」

親御様「マフィンしかないけど、食べる!?」

和田「アリガトウございます。是非、いただきます。」

そんなこんなで朝御飯をご馳走して頂き、大満腹☆☆☆

和田「ほんなら今から愛媛県行こか!?今日しか作られへん思い出作りにいこう!!」

この時点で、昼12時過ぎ。

兵庫県姫路市から愛媛県松山市に3時間30分程度を掛けて動く!!

和田「とりあえず愛媛大学医学部に寄ってから記念撮影して、本学に向かおかぁ~!?」

I君「ほんなら、そないしよ!!」

数時間後、愛媛大学医学部に到着。

和田「どこやろなぁ~!?あ、あれや!!」

I君「合格発表ってな感じやないけど、自分の合格を実感してきたわ(笑)」

次に本学に寄ってから記念撮影となりました。高速道路は、事故の為、通行止めとなっていましたので、一般道路で向かいました。向かうこと30分程度、愛媛県の市街地を横目に目的地の愛媛大学本学に向かいました。

本学、到着。

入り口の受付で写真を撮ろうとした時でした。

学生「撮りましょうか?」

後ろから声を掛けてくれたのは、ここの学生さんではありませんか!?

本人「あ、すいません m(_ _)m 宜しくお願いします。」

先生「めちゃめちゃ、ええ人達やな(笑)」

本人「そりゃぁ~絶対に県民性やで!!見習わなアカンわ」

先生「ほんまやで!!」

それから、写真も撮り終えたので、思い出作りはまだまだ続く・・・。

先生「せっかく松山に来たんやから道後温泉でもはいって帰ろか!!」

本人「そないしよ」

って、事で、ちゃっかり温泉に入ることになった。もちろん、近くの大衆浴場にいった訳で・・・かなりユックリと温まりました。帰りには、お土産を手にして、家路に向かったのでした。

愛媛県>>3時間30分>>兵庫県 姫路市

本人「晩御飯は、どこで食べる!?」

先生「ラーメン屋さんでええか?」

本人「うん!!ええで」

授業合間の休憩時間のように喋りながらご飯を食べる。

先生「もう数分で、お別れやな。。。まぁっ、それでもまた帰ってきた時にでも連絡ちょうだい」

本人「うん。また連絡するわ!!」

店を出て、数分後、家に到着。ご両親の方々が出迎えてくれました。

両親「積もる話もいっぱいしたやろ!?ほんまにアリガトウ」

本人「アリガトウ」

先生「こちらこそ、今まで本当にアリガトウございました。」

鬼の目にも涙・・・喜び、寂しさ、感謝の気持ち、言葉には言い表せない感情が心を突く。小学4ヶ月間、中学3年間、高校3年間、浪人1年間。家庭教師としてお付き合いさせて頂いた期間は、7年4ヶ月。泣いたり、笑ったり、ケンカしたり、、、いっぱいいろんな事がありました。

実質的に医学部を目指して、34ヶ月間。ほんまによく辛抱した。ご苦労さん!!

そして、それから2、3ヶ月したぐらいにI君本人から連絡をもらった。連絡してくる時は、たいてい私に自慢話をしてくる時か、何とかならないか話をしてくる時ぐらいなものだと相場は決まっている。メールアドレスの変更すら送ってくれていなかった事を考えると、学生生活がよっぽど楽しいんだろう。本当 に嬉しい限りだ。内容というのは、個別試験の成績開示があり、早々に自慢をしたかったようで、連絡するや否や「とにかく見てくれ!!」と言うものであった。仕方が無いので、仕事の手を休めて、確認すると、、、

「おっ!?面接結果が満点ですやん。」

思わず言葉が出てしまった。センター試験の結果が、満点って言うのは、特にそう珍しい話ではないのだが、面接満点ってのは、さすがに珍しい!!大学サイドから「100%うちに来てくれ!!」ってな感じの意思表示を頂いたような気持ちになる。「こちらこそ宜しくお願い致します!!」というような、まさにこんな気分になる。

高校2年生の5月から医学部医学科への挑戦を決意し、受験勉強を始動!!いよいよ受験直前に入り志望校を受験したものの残念な結果に終わる。そして、リベンジを兼ねて一年間の浪人を経て、愛媛大学医学部に見事、合格しました。彼は、これで、ようやくお医者さんになれちゃいます。途中、想定外な事は、たくさんありましたが、しっかりと乗り越える事が出来ました。人生何十年の内のたった34ヶ月の辛抱。その辛抱と御両親の支えが家族みんなの夢を引き入れました。小学校2年生からの夢が叶って本当に良かったです。彼は、自分のやりたい事を全部やって、納得して、満足して、私から卒業していきました。

受験塾家庭教師ツイッター:http://twitter.com/jyukenjyuku